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日本の下着の歴史|ふんどし・腰巻・襦袢から、ブラジャーとJISサイズまで

着物の時代、日本人はどんな下着を身につけていたのでしょうか。ふんどしや腰巻、襦袢から、明治の洋装化、戦後のブラジャーの普及、そしてサイズの規格づくりまで。日本の下着がたどってきた道を、よく語られる俗説との違いも確かめながら振り返ります。

更新日 編集 株式会社白鳩

畳の上に並べた白い襦袢、赤い腰巻、白い足袋と、そばに置かれたクリーム色のブラジャーと扇子

このページでわかること

  • 着物の時代の下着: ふんどし・腰巻(湯文字)・襦袢
  • 明治〜昭和初期: 洋装化と猿股・ズロースの登場
  • 戦後: ブラジャーなど洋装下着が一般に広まる
  • パンティストッキングの国産化と、JISによるサイズ規格
もくじ
  1. 着物の時代の下着: ふんどし・腰巻・襦袢
  2. 明治: 洋装化の始まりと、ふんどしから猿股へ
  3. 大正〜昭和初期: ズロースの登場と、ある俗説
  4. 戦後: ブラジャーと洋装下着が暮らしの中へ
  5. パンティストッキングとJISサイズ: 「選べる」時代へ
  6. 歴史から考える、いまの下着選び
  7. よくある質問

着物の時代の下着: ふんどし・腰巻・襦袢

洋服が入ってくる前、日本人の下着は布を巻く・まとうことが基本でした。

男性の下着の代表はふんどしです。呼び名は時代によって変わり、古くは「たふさぎ」、室町時代には「手綱(たづな)」、江戸時代には「下帯(したおび)」などと呼ばれました。形にも、細長い布を締める「六尺」や、ひもの付いた布を前に垂らす「越中」などがあります。越中ふんどしの名前の由来には、戦国武将にちなむという話をはじめ諸説あり、はっきりしたことはわかっていません。

女性は、腰から下に腰巻を巻いていました。腰巻は「湯文字(ゆもじ)」とも呼ばれます。湯文字はもともと、入浴のときに腰に巻いた布を指す宮中の女性の言葉で、のちにふだん身につける腰巻のことも指すようになりました。二幅(ふたはば)の布で作ることから「二布(ふたの)」という呼び方もあります。江戸時代の前半ごろまでは、銭湯でも下帯や腰巻を着けたまま入浴していたといわれます。

着物のすぐ下に着る襦袢(じゅばん)は、ポルトガル語の言葉に由来します。16世紀後半、南蛮貿易とともに伝わった衣服がもとになったとされ、元禄のころ(17世紀末)には長襦袢が現れ、江戸時代後期には上半身だけの半襦袢と、全身を覆う長襦袢に分かれていきました。

いまにつながる工夫

汗を吸い、表に着る着物を汚れから守る。襦袢や腰巻が担っていた役割は、いまのキャミソールやペチコート、肌着と同じです。素材や形は変わっても、「肌と服のあいだに一枚はさむ」という考え方は昔から続いています。

明治: 洋装化の始まりと、ふんどしから猿股へ

明治時代になると、西洋の服装が少しずつ入ってきます。1883年(明治16年)には東京に鹿鳴館が開館し、上流階級の女性たちが西洋式のドレスで舞踏会に出るようになりました。ただし、この時代にブラジャーのような洋装下着を使ったのはごく一部の女性だけで、多くの人の暮らしは着物と和装の下着のままでした。

洋館の前に立つ、明治時代の西洋式ドレスを着た日本人女性のイラスト

男性の下着も、洋装が広まるにつれて変わっていきます。明治以降、ふんどしから「猿股(さるまた)」へと移っていきました。猿股は、腰から太ももを覆う短い下ばきのことで、言葉自体は江戸時代から使われていたとされます。

膝下まである男性用の下ばきステテコの名前も、明治時代に生まれたといわれています。明治13年(1880年)ごろ、落語家が寄席で「すててこ踊り」を踊って評判になり、そのとき身につけていた膝下丈の下ばきを「ステテコ」と呼ぶようになった、という説がよく知られています(言葉自体はそれ以前からあったという説もあります)。

大正〜昭和初期: ズロースの登場と、ある俗説

大正から昭和のはじめにかけて、女性の洋装も少しずつ広がりました。それとともに、腰巻にかわる下ばきとして登場したのがズロースです。ズロースは英語の drawers(ドロワーズ)がなまった言葉で、1920年(大正9年)の家庭向けの雑誌には、腰巻をやめて活動しやすいズロースにしよう、という呼びかけが見られます。

ただ、この時代の洋装下着は、まだ一般に広まったとはいえません。昭和初期の女性の多くは、胸には晒(さらし)やガーゼを巻いていたといわれます。

「白木屋火災でズロースが広まった」は本当?

1932年(昭和7年)12月16日、東京・日本橋の白木屋百貨店で火災が起き、14人が亡くなりました。この火災について「着物の裾を気にして逃げ遅れた女性がいたことから、ズロースが広まるきっかけになった」という話がよく語られます。辞典などにも普及のきっかけの一つとして書かれることがありますが、のちの研究では、この話は当時の関係者の談話から広まった作り話の可能性が高いと指摘されています。火災そのものは事実ですが、下着の普及との結びつきは俗説として扱うのがよいでしょう。

戦後: ブラジャーと洋装下着が暮らしの中へ

日本人の下着が大きく変わったのは、第二次世界大戦のあとです。服装が一気に洋服中心になるなかで、洋装下着も一般の暮らしに広がっていきました。

終戦から間もない1940年代後半から1950年ごろにかけて、国内でも洋装下着をつくるメーカーが次々と立ち上がり、百貨店に女性下着の売り場が生まれます。いまのようなブラジャーが売り出されたのは1950年ごろ、そして1950年代に一般に普及しました。体に合わせて胸を支え、洋服のシルエットをきれいに見せる下着は、新しい時代のおしゃれの一部として受け入れられていきます。

フレアスカートにカーディガンを合わせた1950年代の装いの女性が、紙袋を手に商店街を歩くイラスト

男性の下着も、ふんどし・猿股から「パンツ」、そしてブリーフへと移っていきます。ブリーフが広まったのは1950年代の半ばごろで、その後1980年代にはトランクス、1990年代の後半からはボクサーパンツが主流になっていきました。

パンティストッキングとJISサイズ: 「選べる」時代へ

1960年代、ミニスカートの流行とともに広まったのがパンティストッキングです。それまでのストッキングはガーターで留める形が中心でしたが、ショーツと一体になったパンティストッキングは手軽にはけることから広く受け入れられ、1968年ごろから国内でも生産が始まりました。

下着が多くの人に行き渡ると、次に必要になるのがサイズの共通のものさしです。ブラジャーやガードルなどのサイズを定めたJIS規格は、1980年(昭和55年)に制定されました。当初は靴下類のサイズも含んでいましたが、1987年の改正で下着(ファンデーション)と靴下類の規格に分かれます。1998年の改正では、トップバストとアンダーバストの差によるカップサイズの区分が整い、2023年の改正では、ブラジャーにバスト・アンダーバスト、ガードルにヒップ・ウエストの表示などが加わりました。

  1. 古代〜江戸男性はふんどし(たふさぎ・手綱・下帯)、女性は腰巻(湯文字)を身につける
  2. 16世紀後半南蛮貿易とともに、襦袢のもとになる衣服が伝わる
  3. 1880年ごろ「すててこ踊り」にちなみ、ステテコの名が広まったといわれる
  4. 1883年鹿鳴館が開館。洋装下着を使うのはごく一部の女性だけ
  5. 1920年ごろ腰巻にかわる下ばきとして、ズロースが紹介される
  6. 1950年代ブラジャーなどの洋装下着が一般に普及。男性はブリーフが広まる
  7. 1968年ごろパンティストッキングの国内生産が始まる
  8. 1980年下着のサイズを定めたJIS規格が制定される
  9. 2023年JIS改正で、ブラジャーやガードルのサイズ表示の項目が加わる

歴史から考える、いまの下着選び

布を巻いて調整していた時代から、サイズの規格がある時代へ。日本の下着の歴史は、一人ひとりの体に合うものを選べるようになっていく歴史でもあります。

ブラジャーのサイズ表示「B70」のような書き方も、この規格にもとづくものです。数字はアンダーバストの寸法、アルファベットはトップバストとアンダーバストの差(カップ)を表しています。サイズの表し方が共通になったことで、メーカーやブランドが違っても、自分に近いサイズの見当をつけやすくなりました。もっとも、同じサイズ表示でも、カップの形やワイヤーの有無、素材の伸び方によって着け心地は変わります。表示はあくまで目安として、実際に着けたときの感覚もあわせて確かめることが大切です。

だからこそ、いまは自分のサイズを正しく知ることが、下着選びの出発点になります。ブラジャーはサイズの測り方でトップとアンダーを測り直してみましょう。体型は年齢や暮らしの変化で少しずつ変わるため、定期的に測ると合う下着を選びやすくなります。サイズの見方はサイズ表、タイプ別の選び方は下着の選び方ガイドで詳しく紹介しています。

世界の下着の移り変わりは女性下着の歴史とメンズ下着の歴史、時代ごとの流れは下着の歴史年表もあわせてご覧ください。

よくある質問

着物の時代、女性はどんな下着を着ていたのですか?

腰から下には「腰巻」を巻き、着物の下には「襦袢」を着ていました。腰巻は湯文字(ゆもじ)とも呼ばれ、もとは入浴のときに腰に巻いた布を指す言葉でした。胸を支えるための専用の下着は、一般にはまだありませんでした。

白木屋の火災がきっかけでズロースが広まったというのは本当ですか?

1932年に東京・日本橋の白木屋百貨店で火災があったのは事実です。ただし「裾を気にした女性が逃げ遅れ、それをきっかけにズロースが広まった」という話は、のちの研究で作り話の可能性が高いと指摘されています。辞典などにはきっかけの一つとして書かれていることもあり、真偽は慎重に扱うべき話です。

日本でブラジャーが広まったのはいつですか?

明治時代の鹿鳴館のころに洋装下着を使ったのはごく一部の女性だけで、昭和初期も晒(さらし)やガーゼを胸に巻く人が多かったといわれます。いまのようなブラジャーが売り出され、一般に広まったのは戦後の1950年代です。

下着のサイズの規格(JIS)はいつできたのですか?

ブラジャーやガードルなどのサイズを定めたJIS規格は、1980年に制定されました。その後、靴下類の規格と分かれ、1998年の改正でカップサイズの区分が整い、2023年の改正ではバストやアンダーバストなどの表示が加わっています。

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