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靴下・ストッキング・タイツの歴史|足袋からナイロン、パンティストッキングまで

毎日何気なくはいている靴下にも、長い歴史があります。日本では布の「襪(しとうず)」や足袋の時代を経て、南蛮貿易で編んだ靴下がやってきました。世界ではナイロンの登場とパンティストッキングの誕生が、脚もとのおしゃれを大きく変えます。靴下・ストッキング・タイツがたどってきた道のりをまとめました。

更新日 編集 株式会社白鳩

白い足袋、手編みのウールの靴下、後ろに縫い目のあるナイロンストッキング、カラフルなクルー丈ソックスが木のテーブルに並ぶイラスト

このページでわかること

  • 日本の「くつした」の始まりと、足袋が革から木綿へ変わった流れ
  • 編んだ靴下が日本に伝わり、機械で作られるようになるまで
  • ナイロンストッキングの登場と、パンティストッキングが広まった背景
  • デニールや丈の呼び方など、今の靴下選びにつながる知識
もくじ
  1. 靴下の始まりは「足を包む布」
  2. 編んだ靴下の伝来と「メリヤス」
  3. ナイロンストッキングの登場
  4. パンティストッキングとミニスカート
  5. 日本の暮らしに靴下が根づくまで
  6. 今の靴下選びにつながる言葉
  7. 靴下・ストッキングの歩み
  8. よくある質問

靴下の始まりは「足を包む布」

靴下の原点は、寒さや靴ずれから足を守るために、布や毛皮を足に巻いたり、袋状に縫い合わせたりしたものでした。糸を編んで伸び縮みする靴下が当たり前になるのは、ずっと後の時代です。

日本でも同じで、奈良時代ごろには、儀式用の装束である束帯を着るときに、沓(くつ)の下へ「襪(しとうず)」という布製の履き物を履いていました。正倉院に伝わる品から、その姿を知ることができます。足の形に布を裁って縫い合わせたもので、今の靴下よりも「足を包む袋」に近いものでした。

足袋の時代:革から木綿へ

日本の足もとを長く支えてきたのが足袋です。鎌倉時代の説話集『宇治拾遺物語』(1221年ごろ)にはすでに「足袋」の言葉が見られます。古い足袋は鹿などの革で作られ、紐で足首に結んで留めていました。

江戸時代に入り、明暦の大火(1657年)の後に革の値段が上がったことから、木綿の足袋が広まったとされます。木綿は洗えて肌ざわりもよく、庶民の暮らしに合っていました。足首を金具で留める「こはぜ」が紐に代わって一般的になったのは、明治時代の中ごろです。

足袋の形は今の靴下にも

親指と他の指が分かれた足袋の形は、今も「足袋ソックス」として受け継がれています。指の付け根で鼻緒をはさめるので、和装やサンダルに合わせやすいのが特徴です。

編んだ靴下の伝来と「メリヤス」

西洋で発達した編んだ靴下が日本に伝わったのは、南蛮貿易が盛んだった17世紀初め(慶長・元和のころ)です。当時は「メリヤス足袋」と呼ばれました。「メリヤス」はポルトガル語やスペイン語で靴下を指す言葉に由来するとされ、のちに伸び縮みする編み地全般を指す言葉として定着します。

水戸徳川家には、17世紀後半のものと推定される木綿の長靴下が伝わっており、国内に残る靴下の中でも古いものの一つとされています。この時代の靴下は、ごく限られた人だけが手にできる珍しい品でした。

ヨーロッパでは16世紀末に靴下を編むための手動の編み機が考案されたとされ、手編みに比べて効率よく靴下を作れるようになっていきます。日本に機械編みがやってくるのは明治時代です。1871年(明治4年)、実業家の西村勝三がアメリカから編み機を輸入し、東京・築地で靴下の生産を始めました。軍隊や学校で洋装が広がるにつれ、靴下は少しずつ日常の衣類になっていきます。

ナイロンストッキングの登場

脚もとの歴史を大きく変えたのが、合成繊維のナイロンです。1938年10月、アメリカの化学メーカー、デュポン社がナイロンを発表しました。

ナイロンのストッキングが一般の人々に初めて披露されたのは、1939年2月にサンフランシスコで開かれたゴールデンゲート国際博覧会です。同じ年にはニューヨークの万国博覧会でも展示されました。「ニューヨーク万博で初披露された」と紹介されることがありますが、順番としてはサンフランシスコが先です。

そして1940年5月15日、ナイロンストッキングが全米で一斉に発売されます。用意された数百万足はわずか数日で売り切れたといわれ、この日は「ナイロン・デー」とも呼ばれています。それまでの絹のストッキングに比べて丈夫で、つややかな光沢があることが受け入れられました。

しかし第二次世界大戦中の1942年には、ナイロンはパラシュートなどの軍需品に回され、ストッキングは手に入りにくくなりました。戦後に販売が再開されると、店に人が殺到する騒ぎも起きています。

当時のストッキングには「縫い目」があった

初期のストッキングは平らに編んだ生地を脚の形に縫い合わせていたため、ふくらはぎの後ろに縫い目(シーム)が通っていました。この縫い目がまっすぐ通っていることが、きちんとした装いの印とされていた時代もあります。また、ストッキングは太ももまでの長さだったので、ガーターベルトで吊って留めるのが一般的でした。

パンティストッキングとミニスカート

ストッキングとショーツが一体になったパンティストッキングは、1959年にアメリカで発売されたものが始まりとされます。開発のきっかけや考案者については複数の説があり、一人の発明者に絞ることはできません。

パンティストッキングが一気に広まったのは1960年代半ばです。継ぎ目のない(シームレスの)製品が作られるようになり、同じころに流行したミニスカートと組み合わせることで、ガーターベルトの留め具が見える心配がなくなりました。

日本では1968年ごろから国内メーカーによるパンティストッキングの生産が始まり、ミニスカートの流行とともに一般に広まります。現在、日本で「ストッキング」といえば、多くの場合パンティストッキングを指すほどに定着しました。

日本の暮らしに靴下が根づくまで

明治時代に機械で編む靴下が作られ始めても、しばらくのあいだ日本人の足もとの主役は足袋でした。着物と草履・下駄の暮らしには、指の分かれた足袋のほうが合っていたからです。靴下が日常に入っていったのは、洋服と靴で過ごす人が増えてからのことです。軍服や学生服、勤め人の背広など、洋装が求められる場面から少しずつ広がっていきました。

第二次世界大戦の後、洋服が暮らしの中心になると、靴下は誰もが毎日はく衣類になります。綿に加えて、ナイロンをはじめとする化学繊維が使われるようになり、丈夫で乾きやすい靴下が手ごろな値段で手に入るようになりました。伸縮性のあるポリウレタンを組み合わせることで、ずり落ちにくく足になじむ靴下も一般的になっています。

サイズの表し方にも決まりがあります。1980年に制定されたJIS規格では、ブラジャーなどのファンデーションとあわせて靴下類のサイズが定められ、1987年の改正で靴下類は独立した規格に分かれました。靴下のパッケージに書かれた「22〜24cm」といった表示は、こうした規格にもとづく足の大きさの目安です。

また、11月11日は「靴下の日」とされています。靴下を2足並べたときの形が、数字の「11 11」に見えることにちなんだものです。

今の靴下選びにつながる言葉

ナイロンやポリウレタンなどの化学繊維、細かく編める機械の発達によって、今のレッグウェアは厚さや丈、編み方の種類がとても豊富です。商品選びでよく見かける言葉を、歴史とあわせて押さえておきましょう。

言葉意味
デニール糸の太さの単位。数字が小さいほど薄く透け感があり、大きいほど厚手になります。
タイツ厚手で肌が透けにくいレッグウェア。秋冬の防寒やカジュアルな装いに。
ゲージ編み機の針の密度。数字が大きいほど細かく、なめらかな編み地になります。
クルー丈くるぶしの上、ふくらはぎの下あたりまでの丈。普段使いの靴下の定番です。
リブ編み縦にうねが出る編み方。よく伸び縮みし、口ゴムなどに使われます。

丈の呼び方や素材ごとの特徴、季節やシーンに合わせた選び方は、靴下の豆知識(ご利用ガイド)で詳しく紹介しています。

靴下・ストッキングの歩み

  1. 7〜8世紀ごろ日本束帯の沓の下に布製の「襪(しとうず)」を履く。
  2. 1221年ごろ日本『宇治拾遺物語』に「足袋」の言葉が見られる。古い足袋は革製。
  3. 17世紀初め日本南蛮貿易で編んだ靴下が伝わり、「メリヤス足袋」と呼ばれる。
  4. 1657年以降日本明暦の大火の後、革の値上がりで木綿の足袋が広まったとされる。
  5. 1871年日本アメリカから編み機が輸入され、東京・築地で靴下の生産が始まる。
  6. 1939年2月サンフランシスコの国際博覧会で、ナイロンストッキングが一般に初披露される。
  7. 1940年5月15日ナイロンストッキングが全米で一斉発売。数日で売り切れる。
  8. 1959年アメリカでパンティストッキングが発売される。
  9. 1968年ごろ日本国内でパンティストッキングの生産が始まり、ミニスカートとともに広まる。

下着・ルームウェアを含めた全体の流れは、下着の歴史年表でまとめて見られます。

よくある質問

日本で最も古い靴下はどんなものですか?

奈良時代ごろ、儀式用の装束で沓(くつ)の下に「襪(しとうず)」という布製の履き物を履いていたことが、正倉院に伝わる品からわかっています。編んだ靴下ではなく、布を縫い合わせたものでした。

ナイロンストッキングはいつ登場しましたか?

ナイロンは1938年にアメリカで発表され、ナイロンのストッキングは1939年2月にサンフランシスコの国際博覧会で一般の人々に初めて披露されました。全米で一斉に発売されたのは1940年5月15日です。

パンティストッキングはいつ生まれましたか?

ショーツとストッキングが一体になったパンティストッキングは、1959年にアメリカで発売されたものが始まりとされます。開発に関わった人物については複数の説があります。日本では1968年ごろから国内での生産が始まり、ミニスカートの流行とともに広まりました。

ストッキングとタイツの違いは何ですか?

どちらも脚全体を包むレッグウェアで、明確な線引きはありませんが、一般に薄く透け感のあるものをストッキング、厚手で肌が透けにくいものをタイツと呼びます。厚さの目安には糸の太さを表す「デニール」がよく使われます。

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